の 旅 立 ち

              その歴史的使命を終えるに当たって

                                                        校 長 岡 部 幸 枝      

東京都立白高等学校定時制課程は、平成十年三月末をもって、東京都における五十八年にわたる定時制教育の歴史に幕を閉じることになりました。
 本校は、昭和十五年四月、太平洋戦争が勃発する前年、東京府立第一高等女学校夜学校として開校されました。開校に当たりましては、当時の府立第一高等女学校教論の並々ならぬ熱意と情熱がありました。戦局が緊追の度合いを深め、食糧事情が極端に悪化する状況になっても、灯火管制のうす暗い電灯の下で、向学心に燃える生徒を迎え、熱心な措導をした教職員の力により、学校の「ともしび」は消えることはありませんでした。
 翌昭和十六牛、東京府立成美女学校と改称し、合わせて三回の卒業生を送り出しました。昭和十八年一月、中等学校令改正により、夜学校は「正規の課程」として認められることになり、東京府立第一高等女学校夜問課程(通称第二部)と改称し、同七月都制実施により東京都立第一高等女学校夜間課程と再び改められました。戦後六・三・三新教育体制が決定され、昭和三十三年四月新制高等学校の発足と共に、旧夜間中学校はそのまま新制高等学校の定時制課程(修業年限四年)として位置付けられることとなり、ここに東京郡立第一女子新制高等学校定時制課程が新たにその第一歩を踏み出しました。そして昭和二十五年一月「第一女子高等学校」が「白高等学校」に改称されたのに伴い、校名を東京都立白高等学校定時制課程とし、現在に至っています。
 このように本校は、時代や社会の変化と共に、幾度か校名を変更してきましたが、その郡度行政関係者のご理解をいただき、また歴代の校長先生のご指導のもとに教職員、生徒、保護者などが三位一体となって教育活動に専念し、戦前・戦後を通じて、三干八百余名の有為な人材を世に送り続けてまいりました。
 白高等学校の校歌に歌われております「かもめ」は北方より飛来する海鳥ですが、そのにも似て、本校には五十八年の
長い歴史の中で、決して変わらぬ伝統が脈々と受げ継がれております。それは開校当初の女子校としての伝続を守り、女子を主流とした家族的雰囲気の下に醸し出される暖かな人間関係であり、その中で培われてきた人問愛であります。
 最後の卒業生となります十二名の在校生が本校の伝統的な行事である「かもめ祭」で演劇の公演を成功させ、動労体験学習でさつまいもの植え付けと収穫を喜びあうことができましたのも、教職員はもとより多くの同窓生の支援によるものであり、在校生と卒業生の心の絆の深さを痛感致しました。生徒一人一人が本校の中に自分の居場所を確保して、自分らしく、肩肘張ることなく、高校生活を精一杯充実させている姿をみます時、常に時代や社会の変化に対応し、きめ細かい教育活動を展開し、健全な学校を維持し、他に誇り得る特色ある学校作りに成功した、素晴らしい五十八年の歩みであったと思います。時代の流れとはいえ、平成九年度、十二名の最後の卒業生を送り出すとともに、その歴史的便命を終え、永久の旅立ちとなることは、本当につらいものがあり、寂しさと衰惜の念で一杯であります。
 これまで、戦前、戦後の苦しい時代を通して、喜びや苦難をともにしてこられた関係各位にこれまで本校にお寄せいただい
たご尽力に感謝申し上げますとともに、これからも活動を続けてまいります東京都立自高等学校成美同窓会にご指導・ご支援いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
最後になりましたが、地元台東区の皆様や東京郡教育委員会の本校に対する今日までの変わらぬご厚情に深く感謝申し上げます。また、今回記念行事に関する諸事業の推進に当たり、一方ならぬご尽力をいただきました閉校記念事業実行委員会をはじめとする関係各位に心より御礼申し上げましてご挨拶とさせていただきます。